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碓氷峠廃線ウォーク(後編) [鉄道(廃線跡)]

続きです。
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第4トンネル内から横川方面を撮影。トンネルの先に短い第3トンネルがあり、その先が熊ノ平です。こうしてみると急勾配だというのがわかります。この辺りまで下ってくるとちょっと蒸し暑くなってきました。標高のせいもありますが、朝曇り空だったのに日が差してきました。
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右隣には下り線が並行してあります。
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第4トンネル出口には35.5キロポストがあります。
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短い第3トンネルを抜けると熊ノ平の構内にやってきます。横川-軽井沢間では唯一の平坦区間。先頭集団にいる辺りから奥は一般の人でも通れる場所ですが、手前の草むらまでは立ち入り禁止区域です。
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こちらは軽井沢方面を撮影。左側から下り突っ込みトンネル。下り第4トンネル。上り第3トンネル。アプト時代は上下列車の交換を行っていましたが、距離が短いため行き止まりのトンネルを造り距離を稼いでいました。上り第3トンネルは上り列車の突っ込みトンネルだったのを改修して貫通化して今に至ります。
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通常は入れない下り突っ込みトンネルにも入ってみました。レンガ造りのまま残されています。
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新線切換後は鉄道線としては使用されなくなりましたが、保線用の車が入れるよう改修工事を行い、国道18号線へ出られるようになっています。道路には出られないのでここで折り返しますが、新たに延長した箇所はコンクリート製となっています。

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タグ:碓氷峠
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碓氷峠廃線ウォーク(前編) [鉄道(廃線跡)]

27日ですが、碓氷峠の廃線ウォークに参加してきました。その名の通り旧信越本線の軽井沢から横川までの上り線を辿るというものです。
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こちらはしなの鉄道の軽井沢駅西端。線路はここで途切れます。1997年9月30日まではここから横川まで線路が繋がっていました。あれからもう22年も経ちます。
8時40分頃ここで仮受付を行います。朝早いので遠くから来る人は前日入りでもしないと厳しいです。横川からJRバス関東のバスがやってきて数人参加者が降りてきます。
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時間になり受付場所までは旧国道18号線を歩きます。廃線ツアーとはいえこの付近は管轄外なので歩けません。今は使われない踏切が見えます。
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軽井沢駅から10分ほど歩き、受付会場に到着します。ここでヘルメットと懐中電灯のレンタル品(持っている人は不要)と、塩水を受け取ります。
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手作り感満載のパンフレットと塩水。この塩水は道中に生息するヤマビル対策です。
いくつかの注意事項とラジオ体操を行った後、ガイドさんの後を付いていきます。
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降り立った場所は第11トンネル手前付近です。正面が横川方面。今回はこの上り線を峠の湯まで歩くというものです。廃止されてから20年以上経過していますが、ある程度手入れしているためこの時期でも線路が見えます。
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下り線の信号機に久しぶりに明かりが点りました。
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正面が第11号トンネル。気温差によりトンネル内から水蒸気が立ちこめています。ここでヤマビル対策の説明があります。地上部のじめっとした場所に生息しており、お互いに足下を注意して欲しいとのこと。知らない間に靴にへばり付いているのだそうです。塩水をかけるとナメクジと同じ縮んでしまい、この隙に払うのだそうですが、見つけた場合は無理に取らず、すぐにガイドに声をかけて欲しいとの注意がありました。今回のツアーではガイドさんが数人同行してくれます。

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タグ:碓氷峠
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東武熊谷線の未成線 [鉄道(廃線跡)]

太平洋戦争時に熊谷から東武小泉線の西小泉(仙石河岸)までを結ぶ計画がありました。熊谷から妻沼までは1943年(昭和18年)12月に開業し、西小泉から途中の仙石河岸(せんごくがし)[貨]までは仙石河岸線として1939年(昭和14年)4月に貨物線として営業開始されましたが、利根川橋梁の建設中に終戦を迎え、工事は中断。その後再開すること無く熊谷-妻沼間は1983年(昭和58年)6月に、西小泉-仙石河岸[貨]は1976年(昭和51年)10月1日に廃止になりました。
埼玉県側は以前行ってみたのですが、今回は群馬県側辿ってみるべく西小泉へと行ってみました。

東武小泉線西小泉駅。隣のホームは現在は使用されていません。

西小泉駅。左側が館林側。

目の前を県道が横切ります。柵の奥に青いネットがあるところが西小泉駅です。道路の所までは空き地になったままです。

ここからいずみ総合公園までは遊歩道となっています。

途中までは鉄道の柵がそのままの姿で残っており、貨物線だった名残がありますが、この先へ進むとそれも無くなり単なる遊歩道となっています。

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タグ:東武熊谷線

アプトの道を歩く [鉄道(廃線跡)]

信越本線の横川-軽井沢の旧線を整備した「アプトの道」を往復しました。まずは横川を目指します。
高崎駅での乗換時間を利用して蒸気機関車を撮影。

場所的にちょっと撮りづらい位置に停車しており、八高線の発着する3番線ホームから撮影して見ました。この日は4両編成。

踊り子号のリバイバルカラー185系。「あかぎ」号新宿行きが発車。

その後これから乗車する横川行き普通電車が入線。107系2両。ロングシートなのが残念。電車に揺られることおよそ20分で終点横川駅に到着。

横川駅は関東の駅百選に選ばれた駅舎です。ちょっと時間が経つと閑散となります。あれだけ多くいたハイキング客と思われる人たちが見えません。

アプトの道起点。ここから熊の平までのおよそ6kmを歩きます。

廃止された信越本線の上り線を遊歩道化して、歩きやすくなっています。左側下り線を流用しては横川にある碓氷峠文化むらから峠の湯までトロッコ列車が運行されています。今は冬期なので運休中。

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タグ:アプトの道

東武熊谷線 [鉄道(廃線跡)]

かつて熊谷と妻沼を結ぶ東武熊谷線というのが走っていました。1983年5月31日に廃止となり、線路跡は遊歩道や道路となっており、昔鉄道があったという面影がありません。
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石原歩道橋付近から撮影。横切るのは国道17号線で、正面がJR高崎線方面です。秩父鉄道から別れるあたりから線路跡は遊歩道として続いています。

熊谷方面を撮影。線路跡は「かめのみち遊歩道」として遊歩道化されています。両サイドの柵が鉄道があった名残。
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しばらく進むと「かめのみち遊歩道」の終点で、この先は舗装された道路となります。

所々境界標が残されており、これが頼りになります。
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再び自動車進入禁止の道路へ。舗装されていないですが、歩行者は通れます。

旧大幡駅。事前の調査が無いと素通りするところでした。道路化されるようで今は歩行者くらいしか通れません。道がほぼまっすぐなので迷うことは無いです。
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奈良小学校裏手付近。畑に等間隔に杭が立っています。恐らく鉄道境界の名残と思いますが。
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吉貞という会社の裏手。ここだけ廃線跡だけ一部空き地になっています。
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奈良小前交差点付近。恐らく立体交差であったと思いますが、基礎部分だけが残っていました。

福川に架かる橋は東武橋といいます。1988年3月に改築したようです。この道路もその辺りに造られたのでしょうか。

旧妻沼駅。ここも事前の調査が無かったら通り過ぎていたと思います。

妻沼駅の先は車庫になっていたようですが、現在は空き地となっています。ニュータウン入口というバス停から熊谷方面を撮影。

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タグ:東武

秩父鉱業専用線跡を歩いてみる [鉄道(廃線跡)]

東武東上線高坂駅から以前は貨物線が分岐していました。この貨物線は1986年に廃線となりました。この線路跡は関越自動車道との交差だけが残されていました。葛袋3号橋と呼ばれ長いこと放置された状態でしたが、今月初め、関越自動車道を夜間通行止めしてこの橋の撤去を行いました。
本来ならもっと早く撮っておけば良かったのですが、今になってその廃線跡を辿ってみました。

撮影地点1
正面が東松山方面。左側の道路と線路の間に貨物線があったようです。高坂駅は自分が子供の頃は2面3線だったのですが、橋上駅舎になり、下りホームは駅舎と共に無くなりました。

撮影地点2
ゆっくりとカーブを描き東武東上線と別れ、道路と交差します。右端に見えるコンクリート製の基礎が恐らく踏切跡かと。今はゴミ集積場となってます。正面の木が見える辺りに東武東上線が走っています。

道路を挟み、廃線跡は立入禁止になっています。並行する道路が無く早くも途絶えました。

撮影地点3
線路のある方向に進む道路を見つけ、突き当たりに廃線跡を見つけました。正面は東上線で、左側が都幾川です。

反対側。ポンプ小屋と道路の間に空間が見えますが、これが廃線跡。

撮影地点4
廃線となって20年以上経過しており草木が生い茂っていますが、線路部分は草が刈られています。車が通った跡も無く、定期的に除草しているのでしょうか。

この先にある建設会社の裏手を上っていきます。

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タグ:東武

アプトの道が来月末熊ノ平まで延伸予定 [鉄道(廃線跡)]

かつて横川~軽井沢間には最急勾配66.6パーミルの信越本線が走っていました。アプト式の電気機関車により碓氷峠を越えていましたが新型機関車EF63や62の登場により役目を失い一部は新線にルート変更されました。その新線も新幹線により廃線。
廃線跡を利用して現在は横川駅から碓氷第三橋梁(めがね橋)まで遊歩道として整備されましたが、H24年3月末日には熊ノ平駅まで延伸されるようです。

現時点の碓氷第6トンネル。入口から5mくらいまでは中に入れます。

トンネル奥の壁には完成予定の張り紙が。
現在はここまでしか行けないので旧国道18号線沿いに車を走らせてみました。

旧碓氷第6トンネル。旧線時代は一番長いトンネルで2箇所の横坑が設けられています。そのうちの一つ。安全対策で柵が設けられていますが何か見栄えが悪いですね。

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タグ:碓氷峠

日本セメント貨物線跡を歩いてみました [鉄道(廃線跡)]

JR高麗川駅から太平洋セメント(旧:日本セメント)埼玉工場までは貨物線が敷設されていました。創業当初からセメントの原料やセメントそのものを運搬していたようです。しかし1999年(平成11年)に役目を終え廃止となってしまいました。現在でも高麗川駅は広大な側線の跡が見られます。2009年(平成21年)3月、太平洋セメントからこの側線の一部区間を寄附され、整備を行い、2010年(平成22年)3月8日に一部区間を遊歩道として開放されました。

天気もいいことなので14日、出かけてみました。



出発点である高麗川駅。現在エレベータ付きの跨線橋を建築中で、これが完成すれば薄暗く狭い地下道も無くなるでしょう。



高麗川駅を出て最初の踏切。中央が貨物側線。右が川越線。左が八高線。八高線は電化されていますが、引上線を兼ねているのかすぐ先で架線は無くなります。中央の貨物側線はなだらかに右にカーブしていきます。正面は安全側線でしょう。

入換信号は使用されていないため、線路と垂直に向けられています。線路も残されていますね。踏切の先は盛土となります。手前の線路は八高線。

八高線沿いに高崎方面に進み、高麗川から2つめの踏切(上野台踏切)を横切る道路を進みます。奥に見える踏切が今回の目的でもある遊歩道の入り口。

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アプトの道遊歩道延長? [鉄道(廃線跡)]

旧信越本線の横川~軽井沢間のうち、旧線の横川~碓氷第三橋梁(めがね橋)までが「アプトの道」として遊歩道化されています。

この先は通行止めとなっているのですが、めがね橋に隣接する第6トンネル入口では遊歩道化の看板が立てられていました。



こちらが碓氷第6トンネル。旧線時代では横川~軽井沢間で一番長いトンネルです。



アップで見ると"遊歩道工事中"と書かれています(「遊」の字は隠れて見えないですが。)1210mとあるので、その分延長されると言うことなのでしょう。どの辺りまでなのかちょっとはっきりしませんが、熊ノ平までだといいのですけどね。



こちらが碓氷第6橋梁。先ほどの第3橋梁に続いて2番目に高い橋梁です。橋の欄干になにやらカバーが掛けられているようですが、手摺でも付けられるのでしょうか。

中央本線廃線跡(後編) [鉄道(廃線跡)]

この先は第5トンネル(隠山第一トンネル)が見えてきます。



トンネルの長さは99m。左側はまだ草木に覆われたまま。右上にぶら下がったようにあるのはスズメバチの巣。ちなみに今はいないとのこと。

トンネル内には作業員が退避する場所がありました。

トンネルを出るとすぐに目の前が第6トンネル(隠山第2トンネル)が見えてきます。この間は比較的広い場所でシートを広げ弁当を食べるなど思い思いにくつろぐ姿が見えました。



第6トンネルの横へは登れるようになっていて、その先に進むことが出来ます。さて、第6トンネルは333mとやや長いトンネル。カーブになっているため奥まで光が届きません。鏡を反射させて太陽の光を中程まで届くようにしていました。・・・あまり効果無いような。

トンネル内部はここ以外もそうなのですが、蒸気機関車が走っていたせいもあり、上部が煤けています。



多治見側のトンネル出口。多くの草木に覆われていたようですが、ここも整備されご覧のような姿になっています。正面は愛岐処分場へと通じる道路が横切っていて手前は川が流れています。これが愛知県と岐阜県の県境となっていて、整備はここまでとなっています。

見づらいですが正面にレンガ積みの橋台が残されています。


さて、最初の地点に戻りますが、実はもう一つ第3トンネル(玉野第3トンネル)にも行けるのです。スタート地点に一番近いのですが、ここは帰りのルートとなっています。



第3トンネルの入口(多治見方)左側に「3」とペイントされています。

ちょっとその部分を拡大。

トンネル内部は1/4ほどが土砂に埋まっており、やや歩きづらくなっていました。ここだけトンネル内部はカンテラが置かれていて足下を照らしていました。

トンネル内部

トンネルを出るとやや広い場所に出ます。この先はJR中央線と合流するため立入禁止となります。



左側には柵が。整備されていないのでご覧の通り荒れ放題。これまで通ってきた廃線跡も同じような状態だったのでしょう。



こちらは第3トンネル定光寺方。


さて、廃線跡を見てきましたが、定光寺のホームからでも廃線跡が見られます。



定光寺駅の高蔵寺側から撮影。左側にトンネルが見えますが、これは第2トンネル(玉野第2トンネル)です。右にカーブしたトンネルは現在のトンネルです。



反対側古虎渓側から撮影。313系が見えるトンネルが愛岐トンネル。全長は2910M。トンネルの右側に茂った草木がありますが、ここが旧線となり、先ほど紹介した第3トンネルへと通じます。
タグ:中央西線
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